『今、行かなければ、チャンスは一生来ない。』
風は無い。
視界も良好。
雪は薄いがしっかりと固まっている。
今だ。
行ける確信があった。
弥山三角点を越えた先にある道を進む。
尾根についたトレースを踏み、アイゼンの効き具合と雪の感触、ピッケルの手ごたえを頼りに前を向いて進む。
後退もありだ、だが今ではない。
南壁は太陽に照らされて水蒸気が舞い、奥が見えない。
雪解けは早いようで、岩壁が露出しているところが多く見かけた。
両端は500mは切り立っているだろう。
不思議と恐ろしさは無かった。
恐怖心よりも探究心の方が勝っていた。
いくつものピークを越え、さらにその先へと進む。
解っていた。その頂にたどり着いたとしても何もないというのは。
ただただ、このチャンスを見逃したくなかった。
驕りではなく、行ける確信があった。
一歩一歩を踏みしめて、ゆっくりゆっくり前へ前へ。
剣ヶ峰にある台座は雪に埋もれていた。
辺りを見渡してこのピークよりも高い場所が見当たらない。
雪に覆われた山塊と、青い空、ゆるやかに流れる雲。
山頂標識も、看板も、ほかの登山客もいない。
大自然の頂。
自然!LOVE&PEACE!なんて言っているが、所詮人間の戯言。
ここにはそんなものは一つも無かった。
何も、無い。
ここが、中国地方最高点・剣ヶ峰なのだ。
左端に大山山頂石碑が見えた。あの奥に見える尾根が今日通ってきた道の一部だろうか。
蒼天の下、今日ここまで来た証に山頂にピッケルを打ち立てた。