『前へ、もっと前へ。』
来た道を戻るよりも、もっと先へ進みユートピアコースを縦走するコースを選択した。
道は決して楽ではないだろう。
下山はより注意が必要だ。
剣ヶ峰の尾根は奥へ進み、ユートピアコースに出合う。
気の抜けないナイフリッジの尾根を進み、徐々に高度を下げる。
雪庇を踏み抜かぬように地形を確認し、すでについたトレースの上を歩く。
振り返ると先程までいた山頂を見ることが出来た。
山頂に立っているときは何とも思わなかったが、少し高度を下げて頂を見上げてみると、とんでもないところにいたのだと我ながら驚嘆した。
山並みが美しい。遠く日本海も臨めた。
遠くの尾根にユートピア避難小屋が見えた。
今日はあそこで昼食だ。
高度を下げるにつれ岩の露出が目立ち、雪と岩のミックスの道になった。
所々に露出する岩にアイゼンは不安定だし、何よりも慣れていない。
雪もまだ固くアイゼンを付けていないと滑るだろう。
外すわけにもいかないのでより慎重に道を進む。
西に続く尾根。あの先は槍ヶ峰か?
とにかく元の登山口まで戻らねばならないので、想定していない変な尾根には入るまい。
青空に映える伯耆大山北壁。
なんとダイナミックな風景か。
あの見える尾根をずっと伝ってここまで来たのだ。
先行していたクライマーが休憩をしていた。
北壁の沢から剣ヶ峰へ直登し、雪が緩んだ頃合を見計らってまた沢を下りるそうな。
装備も俺のような縦走用装備でなくアルパインクライミング専用装備だった。
いや。カッコいいなぁ。よーやらんけど。
色々なお話をしてお互いの安全を祈り、その場を立ち去った。
ユートピアコースに入る。眼下にはユートピア避難小屋と三鈷峰。
樹氷と雪に囲まれた美しい風景が広がっていた。
特に初夏のシーズンではこの周辺には綺麗な花が咲き誇り見事な登山道となるようだ。
だが、急峻な尾根を進むルートで無雪期でも上級者向けと言われている。
それも覚悟でこの地に入り込んだが、積雪期ではどうなるだろうか。
その不安はさておいて、腹を膨らませねばこれから続く過酷な下山は耐えられぬと判断し、ユートピア避難小屋へ潜り込む。
厳冬期で如何に天気が良いとはいえ、野ざらしで過ごすのはやっぱりつらい。
休憩中の体力回復を考えると避難小屋は重宝する場所だ。
小屋は一人、貸切状態。
今日の山飯はシンプルに袋ラーメン。札幌みそ味。
豪勢な食材は割愛した。
温かい食事は体を芯から温めてくれる。
特に気温が低い中を歩いてきた身としては、暖かい物を口にすると一気に体力が回復したように思える。
日差しで小屋が温かく、昼寝でもしてしまいそうな感じになったが、だらだらしていては時間が勿体ない。
食事を済ませすぐに出立の準備をして小屋を後にした。
北壁を見上げる。
何度見てもこの圧倒的スケール感は見ていて飽きない。
神々しい雰囲気は、信仰の対象にもなるわけだ。