『あの頂に到達したとしても、何もない。』

平日の休み前。天気図を睨む。晴れる。きっと穏やかだ。
荷物を詰め込んで夜中に車を飛ばし、車中泊。
朝、起床と共に登山開始する。

今シーズンは暖冬でハズレ年。それでも雪が昨年の12月に行った時よりはあるだろうと見込んで再び伯耆大山の登山口へと馳せ参じた。


登山口をわずかに過ぎた所から足が滑りはじめ、グリップが効きにくい状態を察知したのですぐにアイゼンを装着した。
こういう場合はズルズルするのを堪えるよりも装備でどうにかしたほうが効率がいいし何より安全だ。

昨年来たときは積雪も浅く、それなりにフカフカで6合目までアイゼンなしで進めたが今回は雪が締まっている状態だった。

ゆっくりと標高を稼ぐ。平日で早朝という事もあってか人がいない。
山域全体を独り占めしているようなもんだ。

雲が掛かっているが、前回のように真っ白ではない。時折青空が、そして大山の北壁が木陰から見える。

朝日が差し込み、木々に取りついた氷の結晶が輝く。
何とも幻想的な雰囲気だ。天気予報は読み通り、晴れてきそうだ。

2月というのに気温が高い事もあってか樹氷の様子はイマイチだった。
まぁ、前回樹氷は見ているし、恐羅漢山でも堪能したので良いとするか。
何よりも、この時期に大山が綺麗に晴れているのでこれ以上のわがままを言うと罰が当たる。
振り返ると下界は雲に遮られていた。雲が低いのでこのまま標高を上げれば雲の上だろう。


標高を上げるにつれて木々の背は低くなり、樹氷も幾分か濃くなってきた。それに比例して雲が薄くなり真っ青な青空が広がっている。

今日は大当たりかもしれない。

目線の高さで雲が広がっている。
とても不思議な感覚。

6合目へ到着。前回はホワイトアウト寸前だったのが嘘のよう。
6合目避難小屋も入り口まで雪が到達している。積雪はまずまず。
ここからが本番。
丸裸の山道は天候が安定していないと吹き付ける強風で酷い目にあうのだがほぼ無風。非常に安定した条件だ。
しかしここから先は雪がさらにカチカチに固まっているうえ、勾配もきつく、一度転んでしまうと滑り落ちてしまう可能性がある場所でもあるので、いくら気候に恵まれているとはいえ慎重さを持って臨む事には変わりはない。

樹氷の奥には壮大な大山の北壁が広がっていた。
素晴らしい景色だ。ようやっとこの風景を目の当たりにすることが出来た。

アイゼンとピッケルの刺さる感触を感じながら進む。

振り向けば雲の上にいることが明白だった。
あの雲の下は日本海が広がる。

朝日に飲まれ消えかかる月が見える。
なんと美しい風景だろうか。

いつもガスに覆われていたため実感がなかったのだが、結構開けているんだね。
最後の急こう配を突き進む。

山頂台地へ。山頂まであと少し。

広い雪原を歩く。無風。いや、緩やかに北からの風。
音が何も聞こえない。
静寂と蒼天、そして雪原。

山頂避難小屋も屋根付近まで雪に覆われている。
当然夏場には見える木道は見えない。
キンキンに冷えた空気は恐ろしく澄んで、これまでに見たことがないような蒼さを見せていた。

大山山頂へ到着。
誰もいない、ただ一人の山頂。
緩やかに吹く風の向こうに現れた。

山々との対峙。
荘厳な自然が織りなす風景。
此の空気感を写真として切り取る術を俺はまだ知らない。