仕事の部下が転職を決めたそうだ。
地元に帰りたい想いが強かったそうだが、仕事に関しては不満が無く充実しており、どうするか悩んでいたらしい。
このまま地元に想いを残したまま無難な生活するのか、新たな一歩を踏み出して進むのか。
2年ほど前に俺が務める部署に、技術向上のためとして一時転属となり、共に仕事に励んだ。
彼とは同郷という事、そして同じ学校学科の卒業生で教えられた教員たちも同じ。共通の話題に花を咲かせた。
こんな片田舎で、何とも不思議な縁だと想った。
お互いの実家は川を隔てた隣町だったしね。
ともかく、その彼は非常に優秀で、自分より経験年数の多い年下の仲間に負けまいと前向きに、そして情熱的に業務に取り組んでくれた。
行動力もあって、チームの一翼を担う姿は何処か羨ましくもあった。
『このもやもやを抱えたまま生活をするのか、かと言って何の技術も目標もなく地元に帰るのは嫌だ。』
自分のスキルを高めるために、この一時転属のシステムを利用したそうだ。
『自分の目的のために利用してしまって申し訳ない。』
律儀な彼は俺に向かってそう言った。
俺が教えたことが会社と言うシステムの利益ではなく、彼のスキルアップにつながり、その彼自身の今後の人生に役に立ってくれるようであれば、いち指導者として実に誉れ高きことだろう。
20代最後の年。
一つの節目としては重要な時間だろう。
大きく針路を変えたり決めたりするにはラストチャンスに近い。
20代でしっかりと下積みをし、脂がのった30代で勝負に出る。
既に今のスキルを活かせるような職種で内定をもらっており、年内には新たな場所で生活を進めるそうだ。
『段取り八分』
お見事。相変わらず鋭い行動力だ。
前向きに進もうとする彼の姿に誰も反論する者は居なかった。
俺はその後ろ姿を見送る事になるのだ。
彼の人生の航路が鮮やかで幸多きことを祈るばかりだ。
『いやぁ。あっという間に年を食ったねぇ。』
チームの10歳年上のメンバーと時間の流れの速さを嘆いた。
『先輩は若手、俺はルーキーだったのに、いつの間にやら見送るオッサンになってしまったッスねぇ。』
稼働の終わった暗い工場で物思いに更ける。