蒼天遊々な旅

LIFE IS TRAVEL

20150311


人の生き死にに、俺は無力だ。
傍観することしか出来ず、それでも前へ歩き出す。







追記。
この日は、突然息を引き取った甥っ子の葬儀の日だった。まだ1歳と8ヶ月。
身近なところで突然現れた幼い命の死に、ただただ涙を流して見つめることしかできなかった。


3月9日。
大雨の中で甥っ子の死の知らせを聞いた。
そのまま病院へ駆け込んで、冷たくなってしまったその姿を見たときのビジョンは一生涯忘れることは無いだろう。


葬儀の日に嫁さんが葬儀のため甥っ子へ火葬できる靴を探しにって店員さんに事情を説明したら、店員さんもショックで号泣したこと。
息をしていない小さな体。
驚くほど小さな棺に一杯に添えられた花。
出棺の時に持ち上げた棺の重さ。
前日までの大雨が嘘のような雲一つない蒼空。
火葬場までの道すがら、街で見る国旗はこの日に合わせ半旗が掲げられ、国中が喪に伏していたこと。
まるでこの幼い命の終わりに世界中が悲しんでいるかのような錯覚さえ感じたこと。



両親の悲しみは多大なことであろう。
自分自身も親となったから、その苦しみ、悲しみは痛いほどわかる。
それでも俺は無力にも、傍観する事しかできなかった。


わすれることが出来ない、あまりにも鮮烈な日。


ふと、この日を思い返し、眠れぬ夜にこの想いを此処へしたためる。


追記②
東日本大震災の日付と近い事もあって、この時期になると情景がフラッシュバックしあれから何年経ったのだろうかと、毎年この記事を毎年確認してしまう。
甥っ子が自分の息子の一つ上だったこともあるので、大きくなった息子の後ろ姿を見ては、もうこんなに時間が経ったのだ、と。