知人に副業でネットワークビジネス(連鎖販売取引的な)なるものを進められた。
会社名・内容については多く語らないが。
なんでも頑張れば儲かるらしい。
・・・なんでもそうなんだが。
今日それで成功している方からの説明も聞きに行った。
ふむふむ、こりゃすごい。
「これで稼げば目指す姿に、近づけるよ」とその知人。
俺の目指す姿って何?
自分自身に対して問いかけたことも無いのに。
その知人にはきっぱりといわれた。
うーん。
確かに、楽してと言うと語弊があるが、そのビジネスで稼いで自由に時間を使えるのは理想的だ。
好きなことを自由に出来る。
いまの労働収入ではいずれ限界をむかえるだろう。(定年退職=労働収入の限界と考えるならば)
・・でも、俺が欲しいのはお金じゃない。
当然、無いにこしたことはないが。
副業なら、革細工、カメラでそこそこ(こそこそ)やってるし、やっぱいらないな。
何よりも取引にお金を使わないところがお気に入りだ。
物々交換だったり、手作りのおいしいご飯だったり。
クリアだ。それに、暖かい。
目指す姿。
俺から言えば、正直クソくらえだ。
(物理的な製品や商品にその思考を踏まえるのは非常に重要ではあるが。ニンゲンと言うものにその思考を適用するとなんだかおかしなことになる可能性がある。常に目指す姿とのギャップに悩まされ、結果として「問題」と処理される可能性が出てくる。物理的製品や商品に対して問題があれば処理ではなく「処分」すれば解決できるのに対し、常に不完全で成長代があるニンゲンにその解決方法を当てはめた結果は・・・)
ニンゲンが完璧を目指すと神を目指すことになる。
ニンゲンが完璧に到達すると、終焉する。
しいて、目指すもの、欲しいと挙げるなら、
革細工職人として、フォトグラファーして、
表現者(パフォーマー)と言うカテゴリでの、力
まつりでのアウトドア生活で体験した、持ち寄り、助け合うライフスタイル。
(優しさは人の為ならず、他人に優しくできれば、その他人もまた優しくなれる。他人に優しくされた時は、いつか優しくした他人から、手渡した優しさが帰ってきたのだ。)
自分が今、出来ることを全力でやって貢献し、己を高めること。
(貢献の対象は、他人であり、大切な仲間であり、時として己であること。)
考えた結果、そのネットワークビジネスとやらに俺の将来のビジョンのかけらも無さそうだ。
・・・いいんじゃない。自由で!